個人旅行・手配 :
1 空港送迎サービス
2 航空券&鉄道チケット手配
3 長距離バスチケット手配
4
レンタカーのご案内
   

モデルプラン :
1 ゴールデン・トライアングル
2 ラジャスタン周遊ツアー
3 クラシック・ツアー
4 カジュラーホー観光ツアー
5 アユルヴェーダ体験ツアー

観光ツアー(専用車使用:
1 デリー&アグラ観光
2 デリー市内観光
3
デリー&ジャイプール観光
4 
ゴールデン・トライアングル2泊3日

観光ツアー(列車利用):
1 デリー&アグラ観光
2 デリー&ジャイプール観光
3
パレス・オン・ウィールズ号
   宮殿列車)
4
ロイヤル・オリエント急行
   特別列車)
5
フェアリー・クィーン号
   特別列車)
6 デカン・オデッセイ号
   (特別列車)


 

ムムターズ・マハル

1607年はジャハンギールの長男であり、父の一番のお気に入りの息子であったクーラム王子にとって重要な年でした。彼は贅沢さと優雅さを兼ね備え、若くてハンサムな王子でした。彼がハーレムに付属していた私設のミーナ市場へ出向いたとき、王子は彼をひと目見ようと集まった人々に囲まれ、まだ15歳の若さであるにもかかわらず父親譲りの貴族的な鼻と高い額、そして大きくて力のない目で颯爽と歩き、市場の全てのメイドたちが王子のために明かりを運んだと言われています。

The Flame is Lit
アルジュマンド・バヌゥはシルクにビーズをちりばめた服に身を包み、自分の店先で座っていました。彼女はジャハンギールの配偶者、ノー・ジャハーンの兄弟、アザフ・カーンの娘で、その優雅なかわいらしさにクーラム王子は一目惚れしてしまったのです。 王子は彼女のストールに飾られたガラス細工を見ると、その価値を尋ねました。彼女は生意気にもそれらはガラスではなく、貴方にも買えない様な素晴らしい価値のあるダイヤモンドだと答えると、王子は1万ルピーを与え、彼女のイメージを頭の中に収めてその装飾の一部を持ち帰ってしまったのです。

Flaming Passions
翌日クーラム王子は、皇帝の前でアルジュマンドに求婚することを述べました。皇帝はもろ手を上げて賛成しました。恐らくノー・ジャハーンへの自分の愛を思い出したのでしょう。しかしながら、結婚にいたるまでにはそれから5年もの月日がかかり、その間に彼は政治的理由により、ペルシアの王妃カンダリ・ベイガムと結婚したのです。

A Royal Marriage
占師達はアルジュマンドとの結婚は、王子が20歳になり、彼女も19歳になっている1612年に執り行うことが吉であるとし、皇帝の長男としてふさわしく、素晴らしい結婚式が行われました。ジャハンギールとクーラム王子は貴族や音楽隊、踊り子たちやアクロバット隊、珍獣に奴隷に宗教家たちなどに囲まれて行進しました。ジャハンギールは自分の自慢の息子に結婚式用に作らせた真珠の装飾品をつけさせ、花嫁には栄誉ある称号を授けました。

A Perfect match
彼女の叔母のノー・ジャハーンの強い影響を受けていたアルジュマンド・バヌゥでしたが、叔母とは違って情け深く寛大で、穏やかな性格の持ち主でした。王室つき詩人達は彼女の美しさを、恥ずかしそうに隠れてしまった月のようだと称えました。彼女はクーラム王子と常に一緒で、彼が戦い戦争に行った時でさえ、側近の人々とともに遠征先まで同伴しました。結婚して19年の間に14人もの子供(そのうちの7人が幼時に亡くなっています)をもうけました。

ジャハンギールが亡くなった後、王子はクーラムからシャー・ジャハーン皇帝へ、アルジュマンド・バヌゥはムムターズ・マハル王妃へと名前を変えました。彼は彼女のために豪華な宮殿、例えばアグラ砦のカース・マハルなどを建造しました。彼女は日々皇帝の信頼を得ていき、ついには王族の印、Muhr Uzahという名を与えられます。さらに彼女は請願者たちを代表して皇帝との間をとりなし、遠征によって生じた未亡人や孤児たちに対して手当てを与え続けました。他の多くの王妃と同じく、彼女は鋼鉄のように頑丈な精神を持ちあわせていました。彼女は人間と猛獣との戦いの光景を楽しんだと言われていますし、彼女の要望によってシャー・ジャハーンはフーグリでポルトガル人を迫害したとも言われています。

Death of a Dream
ムムターズ・マハルは1630年、皇帝に付き添って行った遠征先で14番目の子供を出産する際に亡くなりました。死ぬ間際に彼女は皇帝の耳元で、自分が死んだら二人の美しい愛を象徴するような記念碑を建てて欲しいと囁きました。彼女が泣くなってから自分の部屋に閉じこもっていたシャー・ジャハーンは一週間後、頭髪もひげも真っ白になり、腰は大きく曲がり、顔は絶望に歪んで年老いた顔つきになって部屋から出てきたと言われています。そして彼はムガル帝国全体がその後2年の間、喪に伏すことを命令しました。

美しい女性に対する賛辞、および永遠の愛の記念碑として、タージマハルはゆっくりとその精巧な美しさの正体を現します。廟の長方形の基礎部分は、それ自体が美しい女性を異なる視点から見る象徴となります。正門は結婚初夜、微妙に、優しくゆっくりとなで上げられるに違いない女性の顔を隠すベールのようです。タージマハルを計画した時、シャー・ジャハーンは確実に彼の、純潔でこの上なく優雅で美しい、自分が深く愛した花嫁を頭に描いていたことが伺えるのです。