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CITY BRIEF (アグラについて)

アグラはインドの中でも最も歴史的に重要で古い街のひとつです。この立派な造りの街はヤムナー河の右側にある聖なる地域、
Brij Bhoomiにあり、昔はアーリア人達からの攻撃を守るため、16の門に囲まれた頑強な要塞のある街として栄えていました。

5000年前、マハーバーラタの時代にはアグラバンと呼ばれていたこの街は、ある歴史学者によるとこの街はUgersen という名のマハラジャによって建てられたので、彼の名前をとって街の名前にしたそうです。そして時代が流れていくうちに、その名前が簡素化して現在のアグラという名前になったということです。どちらにしても、アグラは実際それほどの古い歴史ある街なのです。

1475年、クシャトリアの英雄であったバダル・シンはイスラム教徒達の侵略から街を守るために、バダルガートと呼ばれる要塞を建設しました。(アクバル皇帝はバダルガートを破壊した後、同じ場所に彼の巨大な要塞を建設しました。)そして1492年、ロディ王朝のAQ.D.シカンデル・ロディは、現在のアグラ中心部から8KMほど離れた場所にシカンデルという名の街を建設して住居も構えました。1526年にはムガル帝国のババルが、ロディ王朝の最後の王であるイブラヒム・ロディとの戦いに勝ち、アグラはムガル帝国に落ちたのです。ババルは気候的には涼しい場所からやってきたため、王権政治の中心をアグラのような暑い場所に構えることを嫌ったのですが、それでもなおアグラを首都にして政治をつかさどったのは、それほどアグラに歴史と伝統が深かったためでしょう。1566年になってアクバル皇帝は現在のアグラを建設します。そしてその後100年にも及ぶ栄光の歴史を刻むのです。

アグラはインドの鉄道網の中で最も鉄道が交錯する街で、アグラの街中だけでもアグラ・フォート、アグラ・シティ、ラジャーキ・マンディ、アグラ・カントンメントの4つの主要駅を擁しており、インド中の主要都市と鉄道が繋がっています。

アグラ大学があることで教育の中心都市となっているので素晴らしい小型の飛行場もあり、数々の大きなホテルやレストラン、クラブに銀行、大学に図書館、病院なども揃っています。

アグラはまた、その工芸技術でも世界的に有名です。ピュアシルクの織物製品や革製品、カーペットなどが有名ですが、それらをミックスさせて金銀の糸で刺繍を施したシルクの織物は街の特産物になっています。また、タージマハルの形を模った大理石製のタージ模型などは世界の隅々まで輸出されています。古代からの歴史と伝統を受け継ぐ街だけあって、街中の道路は狭く、混雑していますが、少し郊外に出ると、オープンで広々とした現代風の建物が並んでいるのも街の特徴のひとつといえるでしょう。街は非常に大きな発展をとげ、至る所でその繁栄に目を見張ることができます。